第五話

【翔斗】「こういうことは、権藤先生に相談しよう。ムダそうな教員免許も紙切れよりマシだろ」

【弥生】「うん。そうだね…」

弥生は気が進まない様子だったが、このままではどうしようもない。
担任に相談しても解決する保証は全くないが、
こういう面倒ごとを丸くおさめるのも教員の仕事だ。

俺たちよりもムダに多そうな人生経験に期待してみよう。

俺は放課後、職員室に行って、権藤先生にひととおり話しておいた。


翌日、昼休みが終わるころ、今野が険しい表情で弥生に近づいていった。

【美咲】「弥生っ! あんた、昨日のこと、権藤先生にチクッたわね!」

【弥生】「えっ? えっと…その…」

【美咲】「えっじゃないわよっ! 私、生徒指導室に呼ばれて注意されたんだからね!
被害者は私なのにどうして私が怒られなきゃなんないのよ! あんた最低だわ!」

権藤の野郎、今野を呼び出して、直球に「仲直りしろ」と迫ったらしい。
火にガソリンを注ぎやがった。
やはり人生経験と教員免許はムダだったらしい。期待した俺が愚かだった。

もっとも、陽介の浅知恵に期待してたら良かったかどうかは甚だ疑問ではあるが。

【美咲】「加害者のくせに、悲劇のヒロインを演じて何が楽しいっていうの!
もう、あんたのことは怒る気にもならない。軽蔑の対象でしかない。見損なったわ!」

【弥生】「…………」

決定的な決裂に、弥生はもう謝罪すらできなくなってしまった。

【翔斗】「す…すまん。俺が、よけいなことをしたばかりに…」

【弥生】「難波君のせいじゃないよ…。あなたは、私のためを思ってしてくれたんだから…」

そうだ、俺のせいじゃなく権藤のせいだと言いたいが、
俺の判断ミスが事態を決定的にしたことも否めない。

【翔斗】「ほら、もうこんなことは忘れて、勉強がんばろうぜ。入試も近いんだから」

【弥生】「うん。そうだね。ありがとう…」


結局、弥生は最後まで、女子ではのけ者のままだった。
これまでは弥生自身が避けていたが、今野が弥生の悪口を言いふらしたせいで、
弥生はほかの友達からも引かれることになってしまった。

弥生も、もう進学をしないとは言わなくなり、入試を目指して勉強を続けた。
つらい思いから逃げるように、何もかも忘れようとするように、受験勉強に明け暮れた。

もともと成績の良い弥生はますます合格確実になっていったが、やばいのは俺のほうだ。


【陽介】「おまえ、このごろ本当にマジになってるよな」

【翔斗】「ああ。なにしろ早田がぼっちになる決定打をやってしまったのが俺だ。
俺があいつについて行けないようなら、今度は、俺があいつを裏切ることになる」

【陽介】「はぁ…これで、最初から就職志望の俺は完全に置いて行かれるなぁ。
ま、俺のほうは小さな会社だけど市内で内定もらったから、それで満足だけどね」

【翔斗】「俺はそっちも心配だよ。はたして、ちゃんとやっていけるのかねぇ」

【陽介】「まあなんとかなるさ。にしても、おまえにしては珍しく、俺の心配してるんだな」

【翔斗】「いや…俺は、おまえに内定を出すような会社の判断力を心配してるんだ」

【陽介】「ダメ社員確定かよ俺はっ!」


しかし俺も、他人の心配をしている余裕はない。
俺も必死に勉強した。そしてやっと、合格が微妙なラインまでこぎつけた。


そしてついに運命の日がくる。センター試験だ。

【弥生】「難波君、がんばってね。私もがんばるから」

【翔斗】「お…おう、まかしとけ。……でも、落ちたらなぐさめてね…」

俺たちの受ける地元国立大学は、合否がほとんどセンター試験で決まる。
弥生の受ける国際社会学部はまだしも二次の英語の配点が高いが、
俺の受ける文学部はそれこそセンター試験がすべてに近い。

予想どおりだったが俺は苦戦した。
しかしここで弱気になっても始まらない。全力を尽くして、黙々と試験問題と格闘した。

俺は文系だが国語に弱い。
理数は最初から期待していないが、それはほかの文系の連中も似たようなものだ。
国語で取れるか落とすかが運命の分かれ道だった。

やはり思ったとおり、古文がまるで読めなかった。

【翔斗】「くそっ…英語より難しい日本語を使うなんて、昔の朝廷は何をしていたのだ!
俺は断固として抗議するぞ!」

俺が抗議しても、どうなるものでもなかった。

古文が苦手なことは分かっていたから、かなり重点的に勉強したのだ。
ここであきらめるわけにはいかない。
しかし、なかなか読めなかった。残り時間が気になる。

俺は苦渋の決断を迫られた。よし、ここは…

(どちらかを選ぶ)

ここは、ひとまず古文をとばして次の問題を先にやろう!

ここは、あれだけ勉強した古文だから読めるはずだ。もっと集中して読んでみよう!
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