第六話

俺なら大丈夫だが、今の弥生がきついことを言われたら、耐えられないかもしれない。
話があるというのなら、俺が聞いてくればいい。
俺は放課後、一人で屋上に行った。

今野は一人で待っていた。

【美咲】「…あんた一人? 弥生はどうしたの?」

【翔斗】「早田は急用ができて、帰らないといけなくなった。
母親が熱を出したらしい。話があるなら、俺が聞く」

【美咲】「逃げたわね。……まあ、いいわ」

屋上に吹く強い風のなかで、今野の長い髪がたなびいた。
今野は手で髪をおさえると、さっと髪を整えた。

【翔斗】「それで、わざわざ呼び出して、何の用だよ」

【美咲】「別に。ただ、あんたと北島の馬鹿馬鹿しい会話が聞こえてただけ」

陽介のムダにでかい声が、教室の中にいた今野にまで届いていたらしい。

【美咲】「私は別に、自分の今を弥生のせいなんかにしない。
あの言葉を、いつまでも恨み続けるつもりもない。
ただ…私にとってあの子はもう友達じゃないの。
それ以上でもないし、それ以下でもない」

さらに続ける。

【美咲】「あの子も、こんなふうに私から逃げ続ける必要なんかないわ。
だからあの子に伝えておいて。
高校を卒業したら、どうせ別々の道をあゆむ私たち。
だったら、今から別々の道をあゆんでいくだけよ。
恨みもないし、もう弥生が責任を感じる必要もない。
お互い他人どうし…なんだから」

それは絶交宣言だった。
ただ、喧嘩別れになりたくない、という気持ちは、今野の言葉や態度に見て取れた。
ただひたすら、何も残さずに離れて行こう…
むしろ、出会わなかったことにしよう、という提案に感じられた。

【美咲】「だから…弥生のあの発言も、私たちのすべてを、なかったことにするわ。
そして最後…私から弥生への、最後の言葉を、伝えてほしいの」

今野がうつむいて、俺に言った。

【美咲】「弥生、あなたは受験、がんばるのよ…、って」

今野の姿が、小さく、はかなげに見えた。


後で知ったが、それは今野が県外の企業に就職の内定をもらった日だった。
今野なりに、これまでのいさかいに終止符を打って、この土地を離れたかったのだろう。

そのあと、陽介も市内の小さな会社に内定をもらった。
こうして俺たち受験組だけが残された。

弥生は、今野との別離、絶交を、黙って受け止めた。
そして受験勉強に集中した。これはこれで良かったのかもしれない。
むしろやばいのは俺のほうだ。
人生で初めてというくらいがんばって、どうにか、ボーダーラインにこぎつけた。


【弥生】「今日はいよいよセンター試験だよ。おたがい、がんばろうね!」

【翔斗】「とっ…とにかく、ぜ、全力を尽くします…」

俺たちの受ける地元国立大学は、ほとんどセンター試験で合否が決まる。
弥生の受ける国際社会学部はまだしも二次試験の英語も重視されるが、
俺の受ける文学部は、二次は面接と小論文だけで、ほとんどセンターで決着する。

予想はしていたが俺は苦戦した。

緊張していて、覚えたはずのものまで思い出せなかった。
俺の場合は、たった一問の正解・不正解が、運命を分けることになる。

【翔斗】「ええっと…これは、どっちだっけ…ああ、知ってるはずなのに!」

こういうのは記憶問題で起こりがちだ。日本史でそれが出てしまった。
だが、どちらか思い出せなくても、選ばなければならない。
この問題、どっちが正解なんだ…。

(どちらかを選ぶ)

白川法皇

後白川法皇
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