第四話

【翔斗】「なぜ、止めるんだよ。おまえだって、早田に誤解されたくないだろ。それに…」

俺は少々口ごもったが、思い切って今野に尋ねてみた。

【翔斗】「なんか…最近おまえ、早田に冷たいような……何かあったのか?」

【美咲】「……うん」と言って、急に今野がうつむく。

【美咲】「だ、だって、あの子が悪いんだから…」

今野は、弥生とは中学以来の親友だと思っていた。
どうしたのだろう。喧嘩でもしたのだろうか…。

【美咲】「さっき、私は就職するって言ったでしょ。
本当は私も進学したいの…」

俺はこれまで今野と親しくなかったので何も知らなかった。

今野の家は経済的に苦しく、中学の時から大学進学はあきらめさせられたという。
そのころの今野は成績優秀で、弥生よりも上だったそうだ。
しかし目標を失った今野はやる気をなくし、今では、俺とそんなに変わらなくなっている。

【美咲】「就職するって言った私を、あの子は…弥生は、憐れんでこう言ったのよ。
『美咲、せっかく頭良いのに、お金がないと何もできないんだね。かわいそう』って。
お金がないのは本当。だから進学できないのも本当。でも、憐れみなんて欲しくないっ。
私が一番くやしくて、でも我慢して笑って見せてることを、あの子は…」

俺は何も言うことができなかった。今野のプライドの高さは、俺も知っている。

【美咲】「私が一番つらいことを、弥生はえぐった…。
塾に行ってるのだって、進学をあきらめられなかったから、就職にも役立つって親を説得して…」

そこまで言ってから、今野は急に、寂しそうな笑顔を見せた。

【美咲】「私、ほんとは、学校の先生になりたかったな」

【翔斗】「向いてるかもな。おまえ、みんなを引っぱっていくタイプだし…」

だが、これだけは言わないといけない。

【翔斗】「ただ、おまえが傷ついたのはわかるけど、早田も悪気じゃなかったと思う。
言い方は間違ってたけど、おまえを傷つけようとして言ったわけじゃないはずだ」

【美咲】「…そう言うと思ったよ。あんた、弥生が好きみたいだから」

【翔斗】「そ、そんな話はどうでも…。えっと、それより、どうするつもりだよ。
早田が悪気じゃないのは、付き合いの長いおまえだって分かってるんじゃないのか」

【美咲】「………」

今野は何も答えなかった。


翌日から、弥生と今野の間に、微妙な距離ができはじめた。
弥生は自分の言葉が今野を傷つけたことに気づいていない。
俺の口から伝えようと考えても、どんなふうに説明したらいいのか分からなかった。

【翔斗】「なあ早田。俺と今野は、おまえの考えてるような関係じゃない。
あれはたまたま、街でばったり出会っただけで…」

【弥生】「無理しなくていいのよ。美咲はいい子だし、難波君とお似合いだと思うよ…」

【翔斗】「だから違うんだってば…」

あのようすを見たら誤解してしまうのは無理もない。
弥生は俺の言うことをどうしても信じてくれなかった。

弥生は「俺と今野」の邪魔をしないように気づかっているのか、俺とも距離を置きはじめた。

【翔斗】「ううう…どうして、こんなことになってしまったんだぁ…」

俺はいまいち受験勉強に熱が入らなくなってしまった。
こんなことではいけない。
俺は「弥生と一緒にいたいから」という理由だけで大学受験を決めたはずじゃなかった。
志望校選びはそれが大きかったが、地元国立大はもともと志望校として自然だし、
自分なりに将来を考えた選択だったはずだ。

今野は県外の会社に就職を決めた。
陽介も、市内の小さな会社に決まった。
弥生も受験に向けて黙々と勉強している。
俺だけが、勉強にも意欲が湧かず、合格ラインから遠いままだった。


【権藤】「難波君。ちょっと、生徒指導室にきなさい」

担任の権藤先生に呼び出された。

【権藤】「難波君。もう受験まで時間がないが、正直言って君の成績では無理だろう。
志望校のレベルを落とすか、もしも就職に切り替えるなら早いほうがいい」

【翔斗】「うち…私立はダメって言われてるので。
それに、親は大学行けって言うし…自分でもずっとそのつもりで…」

【権藤】「なら、隣県の公立大学ならどうだ?
…いや、はっきり言うと、そこも非常に厳しいんだがね。
とにかく今の志望校に受かる確率は、限りなくゼロに近い。
公立か、就職か…どちらか、だな」

【翔斗】「ゼ、ゼロじゃないですよ…。
模試では合格率20%だから、五回受ければ受かるかも…」

【権藤】「…まさか五回受ける計画じゃないよね?」

俺の実力では、初めからこうなることは分かっていたのかもしれない。

県外に出たら、弥生とは離れてしまう。
しかし近くにいるからと言って、どうなると言うのだろう。
就職したって忙しくなって弥生と会える暇はなくなる。
将来を考えれば大学は出たほうがいい。ただ、公立も非常に厳しいとなると…。

【翔斗】(どちらかを選ぶ)

「俺、隣県の公立大学をチャレンジしてみます」

「俺、受験はあきらめて就職先を探します」

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