第五話

【翔斗】「俺、受験はあきらめて就職先を探します」

【権藤】「そうか。今からでも急げばなんとかなるだろう。気合いを入れて行けよ」

こうして俺は就職に進路を切りかえた。

が…。

【父】「ばっかもーん! 勉強してもだめだったのなら仕方ないが、
ろくに勉強してないくせに成績が悪いから就職するだと?
社会を甘く見るな! そんな甘っちょろい考え、断じて許さんぞ!」

【翔斗】「でも、権藤先生も、今からだと公立も難しいって…」

【父】「そんなことは勉強してから言え! 勉強してだめなら就職でいい。
何を、楽なほう楽なほうに逃げとるんだ!」

秋も深まって「まず勉強してだめだったら就職」なんて言われても、
勉強してだめだった時には就職先もなくなってるんだよバーロー!

そのあと俺だけ臨時にもう一度三者面談をしてもらって、
どうにか、親にも進路変更を認めてもらうことができた。

クラスの中を見渡しても、進学先、就職先、何も決まっていないのは俺だけだった。

今野は県外の会社に内定をもらい、陽介も市内の小さな会社に就職が決まった。
弥生はセンター試験にむけて順調に勉強した。
そのセンター試験もうまくいって、あとは二次試験の英語を残すものの、
もう合格したようなものだった。

俺は卒業前ぎりぎりになって、やっと、ある会社に採用をもらえそうな雰囲気が出てきた。
ところが、

【美咲】「あの会社はすごいブラック企業らしいよ。社長の家庭内の手伝いまでさせられて、
みんな体を壊してやめていくって。あせって、そんな会社に就職しないで…」

今野の言葉で俺自身もいろんな人に話を聞いてみたところ、本当にひどい会社らしい。

危なかった…。

その直後に、俺は別の会社に就職することが決まった。
正社員じゃなく契約社員だが、とにかく就職して正社員を目指そう。
その会社には、契約社員で三年働き、成績が良い人は正社員になれる制度もある。


忙しい日々が過ぎていった。
契約社員という不安定な身分なので、来年の保証がない。
しかも最低賃金ぎりぎりで働いている俺は、貯金もできない。

【父】「おまえも、車の免許くらい取っておけ。正社員になるにも、免許があるほうが有利だろう。
仕方がない…おまえの大学の学費と思って貯金してた分があるから、
それで教習所に通うお金と、車一台くらいなら買ってやる」

父の世話になって、俺は免許をとった。

だが免許をとったからと言って、すぐに運転に慣れるわけじゃない。


【翔斗】「あっ…!」

俺は、歩道から急に飛び出してきた小学生をよけられなかった。

…かと思ったが、間一髪、急ブレーキと急ハンドルが間に合って、子どもに当たらなかった。
一瞬で、激しい動揺と、その直後に安堵が走る。
自分が反対車線に出てしまっていることに気づく余裕はなかった。

ものすごい音と、真っ暗闇になる視界。

次に目に見えたものは、変わり果てた運転席と、血まみれの自分の体だった。

【翔斗】「俺は……もう…ダメなの…か…」


俺は暗闇の中をぐるぐる回っている感覚がした。
そして、目が覚めたのは病院のベッドの上。

【陽介】「翔斗っ…! よかった、目が覚めたか」

まだ頭がぼうっとして感覚がつかめない。

【陽介】「翔斗、俺がわかるか? 陽介だぞ。覚えてるか?」

【翔斗】「ああ…陽介か。俺、事故ったんだっけ…」

【陽介】「そうだよ。今、おまえの両親は外に出てて、たまたま俺が付き添ってるところだ」

【翔斗】「そうか…。迷惑、かけたな…」

【陽介】「俺のことは気にするな…自分の体を、まず治せよ。おまえ重傷なんだぞ…」

病室の外で声が聞こえた。母の声だ。
誰かに怒鳴られているようだった。
母は誰かに、ひたすら謝罪していた。
俺の記憶では、俺の車は子どもに接触しなかった…はずだが…。

【??】「難波君の車がはみ出してきたのよ! 難波君が悪いのよ!
それなのに、どうして難波君が助かって、弥生が…」

俺はハッとした。

【翔斗】「陽介、対向車線で俺とぶつかった相手は誰だったんだ」

【陽介】「翔斗! 今は何も考えるな!」

俺はすべてを悟った。
小学生をよけて、対向車線でぶつかった相手は一瞬だけ見えたが、軽自動車だった。
俺のは普通車だ。普通車の運転席がつぶれて俺が重傷を負う勢いで衝突すれば、軽のほうは…。

それは弥生の車だったのだ。
そして、俺はどうにか助かったが、弥生は…。

【翔斗】「陽介…早田は…早田は、助からなかったんだな?」

【陽介】「今はそんなこと考えるな!」

考えないなんて無理な話だった。


俺には、法的な償いを果たすことはできた。
賠償責任も、保険に入っていたから、どうにかなった。
しかし、俺が、弥生を死なせてしまった事実はどうにもできない。
俺は、この町にいることも、
この町の知人に会うことも、
この町を思い出すことも…
すべてが、耐えられなかった。

会社をやめ、遠い見知らぬ土地に旅立った俺に、楽な暮らしが待っているはずもない。
その日暮らしで、食べることも、住む場所もままならなかった。


雪の舞う冷たい夕暮れに、俺は懐深くから、薄っぺらい財布を取り出した。

【翔斗】「手持ちの金は、百二十円…これが俺の全財産か…」

俺は最後の金で、コンビニのおにぎりを買った。

【翔斗】「早田…。俺は不幸になった。これ以上ないくらい不幸になった。
これで、おまえは俺を許してくれるか? いや、まだ…これくらいじゃ、な…」

俺は最後のおにぎりを食べずに川に投げ捨てて、氷の張った路地裏に横になった。

【翔斗】「せめて、今夜くらい、おまえの夢を見させてくれ……」

俺は目を閉じた。
その夜、俺は弥生の夢を見ることができた。
凍て付く吹雪の夜に、高校時代の、温かく、楽しかった夢を。
弥生と一緒に遊び、笑い、はしゃいで幸せだったころの夢を。
俺にせめてもの救いがあったとするなら、最期に見ることのできたこの夢だろう。

人の命は簡単に消えてしまう。
弥生も、それに、この俺も。



Ending No.13 スーパーBAD END

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