第六話

【翔斗】「うん、じゃあおまえの会社を受けてみることにするよ」

【美咲】「そうこなくっちゃ。ただ…」

【翔斗】「…ただ?」

【美咲】「受けて採用されるかどうかは、私はまったく分からないけどね」

【翔斗】「うっ…採用された後の心配より、そっちがもっと心配だな…」


俺には不思議な受験運があるのかもしれない。
公立大学のときも「非常に厳しい」と言われて受かったが、今度もなぜか採用されることになった。


【美咲】「難波君これなによ? これでも報告書のつもりなの?」

【美咲】「難波君仕事遅すぎ! それじゃライバル企業にお客さん取られちゃうよ?」

【美咲】「難波君こんな甘い企画で課長が納得すると思うの? やり直しなさい!」

【美咲】「難波君電話の受け答えは…」

【翔斗】「だああーーーっ! おまえはスパルタ教師かあ!」

しかし今野のおかげで、みっともない姿を上司に見られずにすんでいることも事実だ。
むしろ俺が今野の足を引っぱっているのだから申し訳ない。

最初のうちはすごくつらかったが、今野が厳しく教えてくれるおかげで、そこそこ仕事を覚えている。
ここは感謝しなければならない。

俺は今野のパワーに感心した。
思えば今野は、もともとの成績は弥生よりも良かったし、
弥生と違って行動力も、リーダーシップも持っている。
ついに、二十代前半の若手社員としては異例の社長表彰まで受けることになった。

今野、おまえはすごいよ。
高卒のおまえが、一流大学出の連中よりずっと優秀なんだから。


【係長】「今野さん。あなた、優秀なのは良いけれど、ちょっと独断に過ぎるんじゃない?」

【美咲】「は、はい…。すみません、係長…」

実績がボーナスの額にそのまま反映される会社である。
美咲の年収は、いまや有名大学出身の三十歳代の係長よりも高い。

【係長】「あなたの後輩の難波君はちゃんと上司に相談してるわ。あなたも少し見習いなさい」

【翔斗】「………っ!」

俺は仕事が分からないから聞いてるだけだ。
今野が俺を見習うことなんかひとつもない。
よりによって俺を引き合いに出すのは、明らかな嫌味だ。

【先輩A】「今野のやつさぁ、表彰受けたからって威張ってない?」

【先輩B】「そうそう。みんなでやった仕事を、自分ひとりでやったと勘違いしてるねー」

【先輩C】「手柄を横取りする才能だけは人一倍なんだよな」

【美咲】「……………」

異例の社長表彰を受けてから、今野のまわりは敵だらけになった。

【翔斗】「ちくしょう…。無能な新入社員の俺には、どうにもできない…!」

【美咲】「難波君が怒ってくれなくてもいいよ。私は、大丈夫だから…」

【翔斗】「でも、おまえは、自分の実力で実績をあげたじゃないか!
俺はずっとおまえの近くで仕事を見てるから知ってる。
能力も、努力も、おまえは誰にも負けていない!」

【美咲】「ありがとう。そうやって認めてくれる人がいると嬉しいよ…うっ…」

【翔斗】「今野、どうした。今野っ!」

今野はとうとう血を吐いて入院してしまった。
ストレス性の胃潰瘍だった。
胃潰瘍は、治療すれば治る。
だが、今野が休んでいる会社では、上司や先輩たちが、露骨にそれを喜んでいた。

【美咲】「私、もう復帰できないかもしれない…」

いつも強気に振る舞う今野の弱音は、俺の心に大きく響いた。
見舞いに来た俺に、今野は、先輩から届いた一通の手紙を見せた。
手紙にはこう書かれてあった。

『早く、その病気と態度を治して戻ってきてください。楽しみに待っています』

【美咲】「私、本当を言うとずっと無理してた。
うちは、お金がないから。
大学にも、行けなかったから。
だから、お金がなくても学歴がなくても、自分の力で…
自分で全部変えてやるんだって思ってた。
そして、私は誰よりもがんばって、成果もあげた…」

【翔斗】「そうだよ。おまえは誰よりもがんばって、
どんな不利もひっくり返して、誰よりも素晴らしい実績をあげたんだ」

【美咲】「でも、もう疲れたよ…。もう嫌だ…私、会社やめたい…!」

俺は心底怒りがこみあげてきた。

【翔斗】「俺も、おまえがこんな目にあわされる会社なんてもう嫌だ。
おまえがやめるなら、俺もやめる。一緒に別の会社に就職しよう」

今野が首を振った。

【美咲】「あなたまでやめる必要はない。やめても次がある保証はないよ。
生活、困るじゃん。それより、もうひとつ、私の懺悔を聞いてほしいな…」

【翔斗】「懺悔? おまえ、悪いことでもしたのか?」

【美咲】「うん。高校生のとき…私はあなたと偶然、街で会った。
そこにたまたま弥生が喫茶店から出てきて、私と難波君のことを誤解した。
難波君は、弥生を追いかけようとしたけど、私は……あなたを、ひきとめた。…覚えてる?」

【翔斗】「ああ覚えてる。おまえは早田に複雑な気持ちを抱いてたからな」

【美咲】「私は…弥生に誤解させたままにしたかったの。
あなたは弥生のことが好きだった。
私は……弥生から、あなたを奪いたかった。
ねえ…難波君。私に、奪われてくれないかな?」

【翔斗】「…って、それ、懺悔とは別のこと言ってないか…」

【美咲】「まあね」

今野が久々に笑顔を見せた。

【翔斗】「…………………無能社員の俺を奪っても、あの会社じゃ俺は貧乏確定だぞ…」

【美咲】「…貧乏には慣れてるよ。『お金がなければ何もできない』って弥生が言ったけど、
幸せになることだけは、できると思う。そう、思いたいな…」

【翔斗】「ああ。俺も、そう思いたい。なれるよ。おまえとなら…」

今野は…いや、美咲は会社をやめて、俺たちはささやかな式を挙げた。
貧乏暮らしだが、俺も、美咲も、幸せだ。



Ending No.11 美咲結婚END

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