第七話

一点たりとも落とせないと思った俺は、休み時間になるまで耐えた。
そして休み時間になると、マッハの速さでトイレに向かった。

が、俺より先に入っている奴がいて、そのトイレは使えなかった。
どうやらトイレに距離の近い教室の奴に、遅れをとったようだ。
てかどうして全部の個室が使用中なんだ。こいつら集団で悪いもんでも食ったのだろうか。

【翔斗】「よし、こうなったら自然を装って女子トイレのほうを使うしか…」

…ってそれじゃあ大学の代わりに刑務所に入りかねない。
俺は校舎を走り回り、ほかのトイレをどうにか探し出して、やっと腹具合が落ち着いた。

【翔斗】「やべっ…次の試験まであと二分か。急がないと…」

……帰り道がわからなくなっていた。

巨大な校舎内で、ただトイレだけを探して走り回っていたから、
帰り道の確認などしていなかった。

【翔斗】「えっと、CB-2048教室はどこだ…って、なんだあこの複雑な教室番号はっ!」

道を尋ねようにも、廊下にはもう誰もいない。

【翔斗】「このへんの教室は全部CDだ…えっと、あっちのほうがCFで…あれっ、こっちはDAだし…」

結局、もとの教室に帰り着いたときは、次の試験の開始から二十分も過ぎていた。


結果は推して知るべしである。

【翔斗】「ぐああああ…トイレに行って二十分も道に迷って落ちるなんて最悪だああ…」

【弥生】「え、えっと…人生いろいろだよ。大学がすべてじゃないし…」

弥生は大方の予想どおり無事合格し、俺は高校卒業後、就職活動をすることになった。
俺はあちこち会社めぐりをした。その中に、陽介が就職した会社があった。

【陽介】「翔斗さあ、もしもうちで内定もらえたら、もうここに決めない?
いつつぶれるか分かんないような情けない会社だけど、働き心地はそんなに悪くないしー」

【翔斗】「そうか。それなら、受かったらここに決めようかな。
そうなったら、おまえとは腐れ縁になっちまうなぁ。それもまぁ悪くないけど」

【陽介】「あ…でもうちの会社、いろんな客の家とかたくさん回るから、
方向音痴じゃとてもつとまらないぜ?」

ショックだった。
トイレから教室に戻れなくなって落ちた俺には、大きすぎるトラウマだった。


俺はさらに就職活動を続けて、市外の小さな会社に就職が決まった。
給料は安いが、俺でもどうにかつとまった。
ただ、仕事が忙しくて弥生に会うことはできなくなった。

【翔斗】「働けど、働けど、なおわが暮らし楽にならざり…」

【部長】「難波君。愚痴は家に帰ってから言いなさい…」

【翔斗】「…じっと部長を見る……。って、ぶ、ぶちょー聞いてたんですかっ!」

【社長】「わしも聞いておるが、うちの会社に何か不満でも?」

【翔斗】「い、いえ社長、決してそのようなことは…は、は、は…」

俺はこれといった目標もなく働き続けるしかなかった。
五年、十年…。弥生のことは、もう過去の思い出になってしまった。

そこに、思いもかけない不景気が襲いかかった。

陽介の会社は、給料をカットされてもどうにか生き残ることができたが、
俺の会社は立ちゆかなくなってしまった。

会社は、もっと大きな別の会社に買い取られることになった。
俺はどうにか失業だけはまぬがれた。

新しい会社に、新しい上司…。


【弥生】「それで、うちの会社に来たんだ。人生って不思議だね」

【翔斗】「そうですね、課長…」

【弥生】「もぅ…たしかに一応課長だけど、難波君にそんな堅苦しい呼び方してほしくないないなぁ…」

【翔斗】「じゃあ、早田…じゃなかった、井関さん。旦那さんとは、うまくいってますか?」

【弥生】「まあうまくいってるんだけどね。旦那が上司ってのは、ちょっとね」

【翔斗】「重役の息子と結婚したんだから、そらぁそうなるさ」

弥生がぼそっと、つぶやいた。

【弥生】「もう少し…キミが早く来てくれてたら…」

早く来ていたら、どうだと言うんだろう。
弥生は俺を選んだということだろうか。

それだと、俺のほうが、嫁が上司になるじゃんかよ…俺はそれでも良かった、けど。

【元部長】「まさかこのトシで、平社員に逆戻りするとは…トホホ」

【翔斗】「まあ部長…じゃなかった、今は同僚でした(←嫌味)。そんなに落ち込まないで!」

【元部長】「働けど、働けど、…じっと元部下の顔を見る…」

【元社長】「わしも、まさか今さら平社員になろうとは…ぶつぶつ…」

【弥生】「なんか面倒くさい課を任されちゃったけど…みなさん、がんばりましょー!」



Ending No.8 弥生上司END

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